田村
西島さんがアイデアマンの帯谷瑛之介(おびやえいのすけ)さんや博多の文化や伝統に詳しい江頭光(えがしらこう)さんらと昭和48年に立ち上げた、博多町人文化連盟がいい。
豊臣(とよとみ)秀吉(天文5〜慶長3・1536〜1598)とわたり合った島井宗室※(しまいそうしつ)と神屋宗湛※(かみやそうたん)。そして黒田如水と長政の国づくりに貢献した大賀宗九(おおがそうく)と宗伯※(そうはく)父子。戦国末期から江戸時代初期に活躍した豪商たちに思いを馳(は)せながら、博多の文化や、町おこしに励みたいと。博多ならではの見事な会ですね。
※島井宗室(しまいそうしつ)(天文8〜元和1・1539〜1615)安土桃山時代・江戸時代前期の博多の豪商。朝鮮貿易に活躍。秀吉の朝鮮出兵の回避に尽力。博多津年寄の元締として黒田長政の福岡城築造に協力。茶人としても知られた。
※神屋宗湛(かみやそうたん)(天文20〜寛永12・1551〜1635)祖父寿貞が石見銀山の開発で財を成す。秀吉の保護を得、朝鮮・中国両方との交易で巨利を得る。産業開発に努め、茶人としても知られる。
本田
博多の町おこしと、活力の原点の感じも。毎年実施されている「博多町人文化勲章」がユニークですね。
田村
西島さんが初代理事長で、多彩な活動がすっかり博多に定着している。
西島さんが宗室、宗湛、宗伯の三傑を、モチーフにデザインし、博多人形師の西頭哲三郎さんが気持ちをこめて作りあげた博多焼きの勲章を、博多の発展に尽くしている目立たない人たちにもらってもらおうという賞で、これまた、博多のこの会ならではの勲章ですね。
本田
「博多町家(まちや)ふるさと館」も。
広野
福岡市の文化と観光に役立てようと、平成7年に設立された「博多町家ふるさと館」の初代館長で、まさに適役でした。
田村
「博多町人文化連盟」も、「博多町家ふるさと館」も、今は『博多っ子純情』の著者、長谷川法世さんが引き継いで活躍しておられます。
そして、私も入れてもらった、町人衆の懇親会「叢匠会(そうしょうかい)」もある。
司会
大正から昭和にかけて、以前に古老たちの博多を語る会がありましたが、月に1回集まって、現代版の楽しい勉強会をと、37歳の西島さんたちの発想で始まったのです。
博多弁の、「どうしょうかい」、「そうしょうかい」が、名称の由来だそうで愉快です。
田村
お盆過ぎには、キャナルシティ博多の水路で「叢匠会(そうしょうかい)のすこし遅れた灯ろう流し」が催されています。参加者それぞれに、好みの戒名を付けて。西島さんは「声濁音神出鬼没信士(せいだくいんしんしゅつきぼつしんし)」でしたな。
司会
ご本業のグラフィックデザイナーとしての西島作品は身近なところに多いですね。
博多ラーメンの「うまかっちゃん」のネーミングやデザインも西島さんだし。
田村
とにかく “仲良く、元気に、博多のために”がモットーで、西島さんの周辺は、いつも博多の味と笑いがあふれていました。
酒席でお得意の歌は「長崎は今日も雨だった」。即席の踊り「潮来笠(いたこがさ)」には皆が腹を抱えて笑いましたね。
本田
いつも博多の和と集いの中にいなさった。博多どんたくや、博多山笠の海外への親善披露も、あの人がいなさると諸事スムーズで。不思議な個性とたいへんなスタミナ。まったく貴重な存在でしたね。
ボルドー、マレーシア、ニュージーランド、ハワイ、サンフランシスコ、上海と6回参加しておられるとか。福岡市のPRにたいへん貢献されましたね。
司会
この『博多に強くなろう』シリーズの誕生にも、西島さんがかかわっておられる。
昭和53年、西島さんの福岡市文化賞受賞を祝った席で、四島社長が「町人文化連盟で、博多学のシリーズをつくられませんか」と、もちかけたのが発端でした。
「いや、会にはそんな余裕はない。それは銀行でしてください。応援しますよ」と返されて大笑い。同席の私にお鉢が回って、現在の94号に至っています。
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九州大学病院外来棟ロビーの有田焼壁画
「博多 園山笠疾走の図」 |
田村
小料理屋「たまき」の一筆描きもよかった。店の白板にさっさと季節の風物を。「興至って筆を執(と)る」感じ。まさに絶品の博多歳時記でした。
広野
地下鉄薬院駅に近い九州電力のあかりの館(九電記念体育館そば)に「西島伊三雄童画の世界」が常設展示されていて、いつでも見られますね。毎年のカレンダーも先生の童画だし。
田村
あちこちにモニュメントがあって、博多の絵師西島伊三雄さんは、今も身近な存在ですね。
広野
大活躍の先生の陰には、決して表へは出られない奥さん静子さまの支えがありましたね。
私たち弟子にもよく気を使っていただいて。
田村
奥さんが亡くなられて、急に弱くなられたでしょう。奥さんに支えられての伊三雄先生だった。
本田
これまでお話を伺って、さらにつくづくと思いますね。
西島伊三雄さんの作品は、本当に、博多の、私たちの宝物ですね。
司会
それだけに、九州の若いデザイナーの励みのために、いつの日か、文壇の芥川賞のような、「西島伊三雄賞」ができればと思われてなりません。
身近な西島伊三雄さんのお話をふんだんに。ありがとうございました。 |