別府
『源氏物語』も翻訳したそうで。
玉江
ロンドン時代に特筆する一面は文化面での活躍でしょうね。その第一が『源氏物語』の英訳です。
明治十五年にロンドンのトルプナー社から「“Genji MonoGatari, the Most celebrated of the classical Japanese Romance”」の題名で出しています。四十八帖全訳でなく十七帖を。
これは源氏物語が外国に紹介された第一号で、参考書もとぼしい外国での著作だけに労作でした。ウエリー訳の源氏物語より、実に四十三年も前のことです。英語界の権威の岡倉由三郎が、平明な文で相当の佳訳とほめています。
明治二十七年には丸善から翻刻版が出され、一世紀たって昭和五十年に現代風に装幀を変えて、チャールズ・タトル・カンパニーから新書版も出ました。息の永い名著ですよ。
別府
驚きましたね。
玉江
いや、まだまだ。「源義経・ジンキス汗説」を聞かれた事があるでしょう。
司会
ええ。頼朝の追討を受けた義経が生きのびてモンゴルへ渡り、ジンギス汗になったと。東北に流布されている伝説?で、西郷さん生存説と同じく一種の英雄待望論ですね。
玉江
その伝説をうまくとりあげたのが謙澄です。明治十年頃の日本は、ヨーロッパでは殆ど知られず、中国の属国ぐらいに思われていました。
それで日本の威名アップにそのフィクションを思いついた。源義経を蒙古風に訛るとゲンギギャンでジンギスカンに近い。うん、これだと(笑)。明治十二年に『成吉斯汗』(じんぎすかん)を英文で出版しているんです。
別府
ジンギスカンが義経だとは…。ヨーロッパの人たちはおどろいたでしょう。
玉江
驚いたのは西欧人だけではなく、日本人の内田弥八も(笑)。彼はこの本をロンドンで読んで興味を持ち、日本語に訳して、『義経再興記』がベストセラーになっているんです。
この二つは英文ですが、自分の本領の漢詩の面でも、ロンドンから指示して、西南役従軍の漢詩五十篇を集め『明治鉄壁集』を出版しています。
別府
後年、日本で最初の文学博士になる素地は充分ですね。
玉江
在英中に中国の、古学略史、古文学略史、ギリシャ古代理学、ギリシャ古代哲学の本を。さらにトーマス・グレーやロード・バイロン、パーシー・シェリーの詩を漢詩訳して郵便報知新聞に載せたりしています。
別府
まるで文化使節の役割ですね。 |