No.12 博多方言

対談:昭和55年9月

司会・構成:土居 善胤


お話:
九州大学名誉教授 奥村 三雄氏
聞き手:
博多町人文化連盟理事長 西島 伊三雄氏
福岡シティ銀行 常務取締役 小山 泰

役職および会社名につきましては、原則として発行当時のままとさせていただいております。


方言には生活のにおいが残っている

小山

西日本新聞の企画で奥村先生と西島先生それに広瀬不可止・福岡文化連盟理事長、佐々木喜美代・「シティ情報ふくおか」編集長の4氏で、博多弁番付を作られましたが、東の横綱には「ふてえがってえ」、西の横綱には「しろしか」が選ばれてますね。

西島

あのときは、博多弁だと思って使っていたのが、実は共通語だったり、これが博多弁かと思うのがあったりと、非常におもしろかったですね。

奥村

博多弁の代表らしいものをということで選んだんですが、どれを横綱にするかという事については、いろいろ意見が出ました。

小山

「ふてえがってえ」はどういう意味があるのですか。

西島

「おや、まあ」というような驚いたときに使いますね。「ふてえがってえ、どうした別嬪さんかいな」といったりしますね。博多にわかでは「ふてえがってえ」と言うのが始まりの合図になっています。

小山

「しろしか」というのも、よく聞きますね。

奥村

うっとおしいという意味ですね。

西島

今年の夏は毎日毎日雨が降り続いて、洗濯物もかわかんで、あれが本当に「しろしか」でしょうね。

奥村

方言は生活語ですからどうしても人間のジが出てくる。そこにまた味がありますが、博多弁も同じことでしょう。品のある言葉は一般に共通語を使う事が多いため、そうでない言葉が方言に残りやすいようです。

西島

そういえば、「ふてえがってえ」も「しろしか」も品がいいとはいえませんね。でも、なんとなく博多で味つけした滑稽なまるみがあるように思いますが…。

奥村

そこが博多方言の特徴であり、面白さでしょうね。だいたい方言には、いいほうで特徴的な言葉は残りにくいんですね。昔はあったんだろうと思うんですが、庶民の言葉として残ったのは「疲れた」とか「うっとおしい」とか、やはり生活の感じがそのまま出る言葉が多いようです。品があって、博多文化を代表するような言葉を方言で捜すのは難しいことかもしれませんね。だから、博多弁はというと「しろしか」「せからしか」とかになってしまう。いや、今は「うまかっちゃん」ですかね。

太っ腹で物おじしない九州人

西島

そうですね。私は博多生まれの博多育ちで、よく人から「あんたんとは、ほんなもんの博多弁ばい」と言われたりしますけど、どうもうろたえたり、カッカしたときほど、特に強く出るようですね。東京や大阪など、よその土地の人とゴルフをすることがあるんですが、そのときに「しもたァ」とか「よかよか」など、つい博多弁が出ますね。

奥村

なるほど。だいたい九州の人は方言コンプレックスが少ないんですよ。たとえば奥羽地方や出雲あたりの出身者には、方言を笑われてノイローゼになったり、ときには自殺したりする人もあるんです。

小山

そうですね。私は東北に2年ほどいたことがありますが、むこうの人の方言コンプレックスはすごいですね。すぐ黙ってしまいますからね。

奥村

最近はテレビのコマーシャルで、博多弁をわが物顔でやってますよね。あれは結局、こちらの人が東京の人に対しても物おじしないでよく方言を使う。その事に関係すると思います。
ところで、九州人に方言コンプレックスが少ない事の理由としてひとつには「こだわらない逞しさ」という九州人の性格があげられます。朝倉出身の野田宇太郎さん(詩人)は江戸ッ子たちから「よか」という方言を笑われると、逆に「おまえら、『しぶや』と『ひびや』を区別してみろ」と言って逆にやりこめる。これが野田さんの自慢らしいですよ。江戸ッ子は「し」と「ひ」の区別がつきませんからね。
それともうひとつは、九州は東京から離れているということ。奥羽地方は東京に近すぎるため、いろんな面で東京の制約が大きいということもあるんじゃないでしょうか。現在は別として、かつての九州は、ある意味で独立国のような面があり、中央文化への反応も、あまり敏感でないというような傾向があったかと思います。だから、九州の人は方言を使うのに物おじしない。博多弁を含む九州方言は、いい意味でも悪い意味でも、他の方言よりおそくまで残ると思います。

西島

今でこそ「うまかっちゃん」とか、博多弁でコマーシャルするようになってから、私たちも堂々と使ってるようにみえますが、以前はやっぱり博多弁を使うのは気がひけたものですよ。

奥村

そうですか。

西島

たとえば東京で展覧会の審査をするときに、だんだんけわしゅうなって「これよかろうが」というと笑われますね。だから、つい口ごもってしまう。「私はこげん思うとりますが」というと笑われそうで「もう言わんどこう」と思う。そうやって、かなり黙りこんだ場面がありますよ。

奥村

西島さんにしてしかりですか。

西島

一番往生したのが、日宣美の審査会で「このキナの色が美しかろうが」というたところが、みんなが「ワーッ」と笑ったんですよ。亀倉雄策さんが「キナってなんだい」と言うから「キナてキナやろうもん」というと、「それは黄色というんだよ」というのでグラグラしたもんですから(笑)。「しかし、あなた、お正月の餅につけるあれはキナ粉やろうもん。キイ粉ていうか」といったことがあるんですよ。「そりゃ、そうだけど…」と言ってましたがね(笑)。
だから、方言使ってもいいような気になり出したのは、ここ10年ぐらい前からですよ。新聞社が方言をとりあげたり、見出しを方言でつけたりするようになりましたからね。

奥村

戦争のとき、日本は大東亜共栄圏という構想をたてたことがあったでしょう。あれは、中国全土からジャワやスマトラ、そしてついにはホワイトハウスまで日本語を持っていかなければならない。となると、色気がなくても、奥行きがなくても、とにかく統一された、わかりやすい日本語でなければならないわけで、博多弁と限らず方言があると困るんですね。だから、戦争が方言を撲滅しようとしたといえるんじゃないでしょうか。
戦後、地方重視の傾向が著しくなり、それがだんだん言葉にも影響を与えたわけです。地方文化が発言権を得たということでしょうね。特に九州地方はその傾向が強かったと言えましょう。

博多弁番付の意味(西日本新聞55.1.1)
西

ふてえがってえ

(スケールや事態の意外さに驚くときに使う)


あのくさ

(あのねえという呼びかけの言葉)


せからしか

(うるさい、やかましい)


がめに

(博多名物の煮しめ、筑前煮ともいう)


どんたく

(ご本家は博多松ばやし。オランダ語で休日)


そうつく

(歩き回る)


ぐらぐらこく

(むかつく、いや気がさす。陽気な絶望感)


きんしゃい

(いらっしゃい)


ちゃっちゃくちゃら

(めちゃくちゃ)


ふうたんぬるか

(動作が鈍い、どうしたフウタンヌルカ男や)


みかけぼうぶら

(中身の伴わない者、ぼうぶらはカボチャ)


さっちむっち

(どうしても、サッチムッチ合格してみせる)


なんかなし

(ともかくも、ナンカナシ行ってみよう)


うてあう

(相手になる。あの男にウテアイなんな)


にくじゅう

(いたずら、邪魔する)


えずか

(こわい)


うんだごと

(無気力でボーとしたようす。ウンダゴトしとる)


げってん

(意地っぱりの変わり者)


ぞうのきりわく

(はらわたが煮えくり返る)


おおまん

(いい加減。あいつはオオマンじゃもんな)


しわごんちゃく

(しわくちゃ)


がんがらがん

(からっけつ、損得なしの両方に使う)


そうたい

(そのとおりという意)

しろしか

(うっとうしい。天気、世情、性格などもろもろに使う)


ばってん

(けれども。博多に限らず長崎、熊本でも使う)


てんてれやすう

(気やすく、そんな話テンテレヤスウしなさんな)


おきゅうと

(海草で作った博多名物の食物)


やまかき

(山笠用語、ヤマをかつぐという意)


こうかる

(威張る。そげんコウカリやんな)


とつけむなか

(途方もない、トツケムナカこと言いなさんな)


すいとう

(好き。六平さんばスイトウ=「博多っ子純情」から)


ひっちゃらこっちゃら

(あべこべ)


すったり

(ダメの意。何度試みてもスッタリいかん)


れんこんくう

(先を見通す、ものごとに粋をきかす)


おっせしこっせし

(押したり引いたり・なんとかかんとか)


こきやんな

(言うな。文句コキヤンナ)


ぐぜる

(ぐずぐず言う)


だらくさ

(だらしない、こんなに部屋を散らかしてダラクサな)


いぼる

(めりこむ・ぬかるむ)


たっぱいのよか

(体格が堂々としているようす)


じょうしき

(聞き分けのない、うちの子はジョウシキして困る)


ぎんだりまい

(てんてこまい)


いさぎよう

(非常に、なんとまあ。イサギヨウ元気な子)


びったり

(無精者・不潔者)


あっぱらぱん

(開けっ放し)


よかばい

(いいよの意)

意外に古い博多弁の起源

西島

町人文化連盟で勉強したなかで、博多弁はなにから成り立っているかということを聞いたことがあるんです。たとえば、参勤交代のとき殿様が覚えてきた言葉とか、上方の歌舞伎のせりふとか、韓国から入ってきた言葉とか、合わせて5つぐらいあったんですが、博多弁の起源としてはっきり残っているものはあるんでしょうか。

奥村

そうですね、言葉ひとつひとつ起源をさぐって行けばたいていわかりますが、いろんな面が考えられます。5つや6つではとても整理できないと思います。たとえば「よか」というのは、中古~中世初期の頃に京都あたりでさかんに使っていたカリ活用形容詞の名残です。

西島

「よか」という言葉をですか。

奥村

「よかり」です。学校で習う「カリ活用」の言葉ですね。「よか」という形で出てくるのは「今昔物語」だけですが、京都では「よかり」「よかる」を使っていたんです。「よか」はその「り」「る」がおっこちた形ですね。
しかし、京都では「よかり」という終止形は性に合わなかったらしい。「よかった」の形は残りましたが、終止形や連体形はカリ活用でなく、「よし」「よき」から「よい」の形を使うようになってます。それがどうしてこちらで残ったかというと、「よい」では物足らん、「よくある」んだと強める言い方が、こちらの人たちの性に合ったんだと思います。「行く」にしても「行きよる(行き+居(オ)る)」と念をいれる。その本場は琉球で、すべて「あり」「おり」をつける。たとえば「勝つ」という動詞は、「勝ち」に「おり」をつけて「かちゅん」と言い、「高い」という形容詞は「高さ」に「あり」をつけて「たかさん」という。つまり、みんな「あり」「おり」をつけないと承知できない。九州の「よか」もそのような力強い表現を好んだものです。そういう意味で九州弁の「よか」は中世の初めぐらいに中央から分派したものです。
面白いのは、博多弁の代表語のような「ばってん」が奥羽地方でも使われているんですね。秋田や佐渡ヶ島で使っていますよ。ということは、この言葉のもとになる形〈バトテモ〉も昔の中央語にあったもので、それが辺域に残ったのだと思われますね。

  • 「勝ち」に
    katsi+ori → katsuri → katsun
  • 「高さ」に
    takasa+ari → takasari → takasan

西島

「あのくさ」の「くさ」は博多だけのものですか。

奥村

いいえ、肥前(佐賀)・肥後(熊本)や鹿児島地方等でも使います。近松も博多弁の「くさ」に気がついていたらしく、『博多小女郎波枕』の上巻に例があります。係り助詞の「こそ」が変化したもので、要するに何にでも念を押したがるもののあらわれで、「強め」になるんですね。

西島

私たちは「そげなこというてつまるもんかい」とかいいますが、そういう言葉は文献かなにかに残っているんですか。

奥村

そげな」のもとの言葉は「そがような」(sogajo:na→sogaina→sogena)です。中央語では「梅が枝」という形が「梅の枝」というように、連体格助詞「が」が「の」に変わっていったんです。だから、「そがような」は次第に「そのような」になるんですが、博多弁の「そげな」は、古い形の「そがような」の名残と言えます。

小山

そういえば、四国では「そがいな」と言いますね。

奥村

そして、それが九州では「そげん」となる。そういう意味では「そがような」の方が「そのような」よりも古い。このように、ひとつひとつ言葉を分析的に調べていくと、多くの場合、昔の中央語文献にその原形を見ることができます。そういう意味で、博多弁の中には、中古の終わりから中世期頃の中央語を反映する例がしばしば見られます。
柳田国男さんは、「そういう古い形の言葉が、周辺部各地に残っている」という方言周圏論を主張しました。つまり、池の中に石を投げこむと波紋がだんだん広がるように、中央の古い波紋がより周囲に広がったというわけです。しかし、私が調べたところによると、奥羽地方は九州地方にくらべて、古いものが意外に少ないようですね。九州には古い要素が多い。そういう意味では九州弁は重要な文化財と言えます。
言葉の本来的な働きは表現・伝達ですから、そういう意味では、方言はない方がよいわけですが、現在における言葉の働きは、それにとどまりません。言葉による社交とか文学的表現というような事も注目されます。そして、そのような面では方言がいろいろ重要な意味をもちます。方言による対人関係構成は皆さん御承知のとおりです。
博多弁による文学表現の代表例が「博多にわか」ですが、また、たとえば、火野葦平さんは小説の登場人物に北九州弁その他を使わせて、彼らの性格や経歴等を巧みに表現しています。なお、岐阜県出身の森田草平という夏目漱石のお弟子さんなども、やはり方言〈美濃方言〉を使った小説を書いていますが、それは古くさくてイヤなものという形で方言を使っているんです。それで、自分をいじめたおばあさんとか、イヤなヤツに方言を使わせています。彼自身、郷土から逃げ出したいという意識を持っており、前近代的なもの、逃げ出したいものの象徴として方言を使っているわけです。葦平さんの小説の方言使用とはちょっと意味が違います。そう言えば、柳川出身の北原白秋の作品などにも郷土愛の反映としての方言使用が見られますが、そのへん、先に申しました方言コンプレックスの少なさ等とも関係しましょうか。

現在まで残っている昔の言葉

小山

博多弁の中には「行きます」と「来ます」とが同じ意味に使われることがありますが…。

西島

「待っときやい、すぐ来るけん」というように、「行く」ことを「来る」と表現しますね。

奥村

あれは概念未分化という昔の日本語のなごりですね。

小山

九州弁だけの特徴というわけじゃないんですか。

奥村

今は方言的特徴です。つまり、現在の中央語・共通語で「来る」というのは自分を基準にして、向こうからこちらに移動するわけで、こちらから向こうに移動する「行く」の概念とははっきり区別される。ところが、西島さんが言われたように博多では「すぐ来るけん」なんて言いますね。
そう言えば、「やる」と「くれる」もこちらでは区別がないですね。共通語で「ください」というべきところを「やらんね」といいます。共通語で「やる」というのはこちらからむこうへあげること、むこうからこちらに対しては、「くれる」あるいは「くださる」んですね。中央語でも、昔はひとつの言葉だったのが、次第にいくつかに分かれた例が多いわけで、そういう意味でも博多弁は古い言葉を残しているようです。
「太か」なんかもそうなんですよ。共通語では「太い」と「大きい」との区別がありますが、博多弁ではものの形が大きいことも「太か」といいますからね。昔の日本は「大きい」と「太い」の区別がなかったんです。ビッグを表す「おおきい(大)」は形容詞「おおし(多)」の連体形「おおき」をさらに活用させて作った言葉で、新しい日本語なんです。大きいということを九州では「太い(太か)」と言いますが、また近畿より東の方では「でかい」という地方もあります。「おおきい」という言葉があまり古くない証拠と言えましょう。

西島

私が兵隊でよく笑われたのは「シェンシェ(先生)」と「ジッシェン(実践)」ですね。「せ」の字を「シェ」と発音するんですね。おかしいと笑われるけど、なんがおかしいっちゃろうかと思ってましたね。最近になって「ああ、おかしいっちゃね」とわかったぐらいで……(笑)。

奥村

足利将軍あたりも、多分「シェンシェ」と言ってますよ。近畿でも古くはずっとシェと言っていたようです。江戸ではわりに早くシェからセに変わったらしいが、京都あたりではかなりおそくまでシェと言っていました。

西島

そうなんですか。フランスにいっている画家の山田栄二さんに「あんた、博多弁ば使いよるとですか」と聞いたら、「ウン。フランス語のほかは博多弁しか知らんもん」と言われてましたが、博多弁で役にたったのは、この「シェ」だそうですね。「シェポール」とかいうこの「シェ」は東京の「セ」じゃいかんそうで、「シェが一番よかやね」と言われてましたよ(笑)。
ところで博多弁と福岡弁とは全くちがいますね。私のおふくろや祖父は福岡弁を聞きながら育ってきましたから、福岡弁もよく使ってたんですが、あれが武士の言葉で、私たちが今使っているのが町人の言葉だと聞いてましたが…。

奥村

博多弁にくらべて福岡弁というのは、方言的色彩が薄れていったものだと思います。ちょっと意味が違いますが、東京の山の手弁のような性格がありそうです。下町弁が本来の江戸弁を多く残している。山の手の言葉はそれにいろいろなものが加わったものですね。博多弁に比べて福岡弁は、方言的特徴が薄れて行ったものであり、かつては、やはり博多弁と似たものだったと思います。

標準語にとり入れたい博多弁

小山

標準語というのはどこの言葉になるのですかね。

奥村

うるさく言いますと、現在我国で普通に標準語と称しているのは、共通語です。厳密な意味での標準語はこれから作っていくのだと思います。そのあたり、人により説が分かれますが、現在我国で「日本中どこででも通用する言葉」として現実に使われているのが共通語です。そしてその共通語を人為的に洗練し、一定の基準で統制した理想的な言葉が標準語です。イエスペルセン等のようにその両者を区別しない学者もありますが、私は一応別だと思います。たとえば標準語は正しさを要求しますが、正否は別として現実に通用しておれば共通語と言えます。
現在我国の共通語は、大体、東京の山の手地方の教養ある人々の言葉を基盤としています。そこでは各地から多くの人々が集まったおかげで、いろんな言葉も集まった。その中で自然と言葉が淘汰され洗練されたわけですね。たとえば、江戸っ子だったら「だいこん」のことを「でえこん」といいますが、それをやめて「だいこん」にするというように、次第に淘汰されたんですね。

西島

誰かが音頭をとったということではないわけですね。

奥村

言葉というものは強力な指導者が変えようとしてもダメなんです。言葉は権力では直せませんからね。たくさんの人々がその言葉を覚えないといけないわけで、明治以後百年近くの間に自然に淘汰され、洗練されてきたということでしょうね。いろんな地方から人々が集まると自然に共通語化が進むようです。北海道がそのいい例で、急に各地からたくさんの人が集まってきた結果、北海道は共通語化が非常に進んでいます。今の共通語が、「標準語」制定の基盤になるのは当然の事として、博多弁の中にも標準語に入れていきたいものがありますよ。
たとえば「読みきらん」と「読まれん」「読めん」の区別。「読みきらん」は難しくて読めないという能力的な意味ですね。それに対し「読まれん」「読めん」は、あの本は九大の付属図書館にあって、自分はそこに入る資格がないので読めないというように、条件的な不可能を表す。博多弁では「読めん」という不可能と「読みきらん」という不可能が区別できる。こういう区別は共通語ではできないんですよ。これは論理的で、非常にすぐれている言語ですね(笑)。
また「降りよる」と「降っとる(ちょる)」の区別もとり入れたいですね。「雪が降りよる」と「雪が降っとる」では違いますね。「降りよる」が進行形で降ってる最中、「降っとる」というのは結果の残存を示すという区別があります。共通語にはこの区別はありません。
その他に標準語にとり入れたいと思ってるのは、準体助詞の「と」ですね。準体助詞というのは、動詞や形容詞のすぐ下につく語で「よかとを」という場合の「と」です。共通語では「の」で「すぐ行くのはイヤだ」「美しいのが好きだ」となり、博多弁では「すぐ行くとはイヤだ」「美しいとが好きだ」となりますね。どうして「と」がいいかというと、「の」は所有格の「の」と混同しますし、身びいきかもしれませんが、響きというか落ちつきもいいと思います。
それから掃除するという意味の「はわく」。共通語では「はく」ですが、「はく」だといろんな意味にとれますが、「はわく」だともう掃除するという意味だけですね。
「行かざった」はどうしようかと思ってるんですよ(笑)。「行かなかった」よりも「行かざった」がひとつ音が少ないからいいんですね。同じ表現力なら、短い言葉の方がいいですからね。ただ「ざった」はチョット音感が悪いかなあとも思っています。
ですから、西島さんあたりと一緒に音頭とって標準語に入れたい博多弁を準備しとけばいいですね(笑)。その話し合い、今度一度やりましょうよ。

博多弁がめざすのは「らしさ」の文化

九州方言 アクセント分布図

小山

博多の周辺では方言はどうなっているんですか。

奥村

博多は筑前ですが、筑前と豊前でははっきり差があります。豊前の方ではアクセントもはっきり違いますし、また「うれしか」とは言いません。八幡や直方は筑前ですが、言葉は豊前式です。遠賀川あたりが境になって、筑前式と豊前式に分かれるようです。また筑前と筑後の区別について言いますと、まず筑後はアクセントの区別が全くなくて、みんな同じアクセント型に発音される。つまり一型アクセントです。博多では、例えば、しゃぶる「飴」は「アメ(・)が」と言いますね。音楽で言うと「ドミド」になる。一方、降る「雨」は「ア(・)メが」つまり、「ミドド」となります。ただ筑前でも朝倉郡は筑後式方言です。

西島

多のアクセントと共通語のアクセントは違いますね。「みかん」は共通語では「ミ(・)カン」といいますが、博多では「ミカ(・)ン」といいます。だから、ラジオを聞いていて一番おかしく感じるのは、天気予報のとき「佐賀地方」を「サガ(・)地方」といいますね。こちらの方では「サ(・)ガ地方」というから、どうもラジオを聞いてるだけでは、京都の嵯峨地方のことかと思いますね。

奥村

九州弁は東北弁などとちがってわりに共通語になおしやすいんですが、このアクセントだけはなかなかなおらないですね。

西島

鹿児島の人は共通語を話すけど、アクセントは独特ですね。鹿児島弁といえば、NHKの大河ドラマ「獅子の時代」で「おまあさが…」といいますが、鹿児島弁と東北弁が出てきて、これはどちらも言葉のコンプレックスはなく、かえってプライドを持ってますね。あのかけあいが面白いんですが、言葉はわかるし、アクセントも非常に鹿児島弁らしい。さすが俳優だなあと思って見てますが、鹿児島の人に、鹿児島弁で話してくれと頼むと、ものすごく早口で、さっぱりわからないですね。

奥村

テレビですからある程度は理解されるという範囲で鹿児島弁らしさをよく出してるわけです。当然、地方の方から見れば違う所があるんでしょうね。博多にわかにしても、誰にでもわかってもらえるものじゃなきゃいけない。いかにも博多弁らしいなあ、というのがひとつ入ってればいいんです。完全な博多弁でやられると、チョットわからないですからね。共通語も充分習得した上で、それを土台に、いかにも博多らしいものを出していく。つまり「らしさ」の文化といいますか。これが、今後博多文化、というより地方文化というもののあり方じゃないでしょうか。

今後も大切にしたい博多弁

西島

関西弁もそうかもしれませんが、博多弁は商売のやりとりには便利な言葉でしょうね。かどがたたないというか。

奥村

そうですね。それに博多独特の祭りを伝えてきたというような事にも、博多弁が大きな役割を果たしてきたと思います。山笠のヤマをかつぐときなんか、ひとことで気持ちが通じる。同じ方言を使っている仲間同士という連帯を深める役目も果たしたと思いますね。
前にも言いましたように、九州人はよかれ悪しかれ方言コンプレックスが少ないわけですが、そのために、九州の人はやや共通語教育が遅れているようですね。今はそうじゃないと思いますが、以前は共通語を使おうとすると「漢言者(かんごんもん)」とか「行かず東京」といったりする傾向がありました。

西島

博多では「行かず東京」といいますね。まあ、人間はうまいことできてるというか、東京に行くと共通語に近い言葉を使いますね。しかし、博多のお客さん、特におじいさんなんかには、まるっきり博多弁で話すと親しみを感じて信頼してくれますね。そういうときに東京弁を使おうものなら「なんか、いかず東京が。いばって東京弁使いよう」と言って、帰ってしまわっしゃあですね(笑)。

奥村

そういう場合が多いでしょうね。でも九州の人が東京に行って気おくれするんだったら損ですから、まず共通語を覚えることも必要だと思います。
前にも申しましたが、言葉の本来的な役割はコミュニケーションですから、その意味では方言はなくなった方がいいんです。ただ、方言には対人関係をよくしたり、表現に幅をもたせる二次的な役割がありますね。食べ物にしても本来の目的は生命と活動の源泉ということですが、現在は食べたくなくてもつきあいで食べなきゃいけない。衣服にしても本来は保温のためですが、現代ではやはりそれよりも対人関係や美意識が重視されますね。
言葉でもしばしばそのような二次的な働きが重視されますが、そのような対人関係の円滑さをねらったり、幅のある表現をする場合、方言がいろいろ役立ちます。「方言は一刻も早く撲滅すべし」などと言わず、方言と共通語を上手に使いこなしたいものです。言葉に限らず、一般に晴(はれ)の生活と褻(け)の生活の使い分けが、日本文化の一特徴と言えましょう。

小山

興味深いお話をどうもありがとうございました。