大隈言道 年譜

年代 西暦 年齢 事項
寛政10年 1798 1歳 福岡薬院抱え安学橋の家に生まれる。大隈言朝の第4子。母の里は刀匠の信国氏。
文化2年 1805 8歳 父・言朝死す。この頃、二川相近の許に入門。
天保3年 1832 35歳 従来の歌風を破り、一家の風をうみだす。野村もと(後の望東尼)、夫とともに入門。
7年 1836 39歳 商家の家職を弟の言則に譲り、福岡今泉に退隠する。家を「ささのや」または「池萍堂」と号す。江戸に上る。二川相近、亀井昭陽死す。
9年 1838 41歳 「新泉日記」(歌138首)。
10年 1839 42歳 日田の広瀬淡窓塾・咸宜園に入門。
11年 1840 43歳 「春野集」(谷川本、歌133首)
12年 1841 44歳 「春野集」(山鹿本、歌121首)
13年 1842 45歳 広瀬淡窓、「ささのや」に言道を訪う。
14年 1843 46歳 5月、妻(42歳)を亡くす。「ささのや集」3巻。
弘化元年 1844 47歳 この頃、歌論「ひとりごち」成る。
2年 1845 48歳 「乙巳集」(歌213首)。
嘉永元年 1848 51歳 「田家集」(歌60首)。母死す(79歳)。
4年 1851 54歳 「春野集」(小林本)。
安政4年 1857 60歳 八月、大阪に上る。
6年 1859 62歳 「大隈言道家集」(長歌4.短歌3,366首)・「今ばし集」(長歌1.短歌2,219首)成る。
文久元年 1861 64歳 野村望東尼上阪、言道を訪う。
3年 1863 66歳 「草径集」3巻。望東尼の「向陵集」に序文を書く。
慶応元年 1865 68歳 望東尼、姫島へ流される。
3年 1867 70歳 大阪に在ること10年。この年帰国し「荻葉集」(小林重治と合作。歌それぞれ61首)を作ったと推定。
4年 1868 71歳 7月29日、「ささのや」にて死す。香正寺に葬る。