岩下俊作氏 略年譜

年号 事項
明治39年 十一月十六日、北九州市小倉北区三萩野にて出生。父(初次郎)は人力車の立て場を経営。
大正12年 福岡県小倉工業学校機械科二年のとき、吉田三平のペンネームで、杉原碌介(劉寒吉)とともにガリ版ずりの同人誌「公孫樹」発刊。
昭和2年 小倉工業機械科を卒業。花田鉄工所をへて四年八幡製鐵所製図職に採用。詩誌「感触」を創刊。岩下俊作のペンネームで詩を書く。
昭和6年 劉寒吉らと詩誌「稜体発光」を創刊。「北九州詩人」同人。
昭和7年 劉寒吉・中村暢ほかと詩誌「とらんしっと」創刊。飯田愛子と結婚。
昭和9年 「とらんしっと」に火野葦平参加。
昭和13年 火野葦平、「糞尿譚」で第六回芥川賞受賞に刺激されて「富島松五郎伝」を書く。第二期「九州文学」の結成に参加。
昭和14年 「改造」の募集で佳作。翌年、改作「富島松五郎伝」直木賞候補。以降「西域記」、「辰次と由松」、「諦めとは言へど」直木賞候補。
昭和17年 電動転轍器考案で、八幡製鐵所所長賞。
昭和18年

三月、東宝から「熱風」映画化(主演、藤田進・原節子)

十月、「富島松五郎伝」が、伊丹万作脚色、稲垣浩監督、阪東妻三郎・園井恵子主演の「無法松の一生」として大映より上映。

昭和33年 東宝再映画化の伊丹万作脚色・稲垣浩監督・三船敏郎主演の「無法松の一生」が、第十九回ベニス国際映画祭でグランプリ受賞。
昭和45年 第一回北九州市栄誉功労者表彰
昭和55年 一月二十三日、死去。享年七十三歳。
平成2年 北九州市八幡東区高炉台公園に「岩下俊作文学碑」建立。
平成9年 代表作を『岩下俊作選集』全五巻に収録(財・北九州都市協会発行)。