野見山朱鳥

暦年 年齢 できごと
1917 大正 6年 0歳 4月30日、現・福岡県直方市に呉服商、直吉・のぶの次男として出生。
35 昭和 10年 18歳 福岡県立鞍手中学校(旧制)卒業。胸を病み、三年間療養生活仝20歳より句作。
38 13年 21歳 健康回復し上京。東洋精機会社(設計課)に勤務。
39 14年 22歳 鈴木千久馬絵画研究所の夜間教室に通う。
40 15年 23歳 病気再発し帰郷。
41 16年 24歳 川端茅舎死す。
42 17年 25歳 福岡県糟屋郡の国立療養所「清光園」に入る。文学、宗教、美術書を読み、俳句を作る。
44 19年 27歳 大牟田市の国立療養所「銀水園」に移る。
45 20年 28歳 高浜虚子に師事。終戦。帰郷。「ホトトギス」に拠る。
46 21年 29歳 ひふみ夫人と結婚。「ホトトギス」12月号の巻頭句に選ばれ、俳壇に知られる。
47 22年 30歳 河野静雲に会う。
48 23年 31歳 「飛蝗」の選者になる。「現代俳句」に「忘れ得ぬ俳句」を連載。この頃から、日本各地へ句作の旅が始まる。
49 24年 32歳 第一著作『純粋俳句』刊行。「飛蝗」を「菜殻火」と改名して主宰。ホトトギス同人に。耶馬渓で高濱虚子に会う。
50 25年 33歳 第一句集『曼珠沙華』刊行。虚子より序文をもらい、俳壇を震憾。
52 27年 35歳 『忘れ得ぬ俳句』刊行。新生「菜殻火」創刊。鎌倉に虚子訪問。
54 29年 37歳 第二句集『天馬』刊行。句集『曼珠沙華』再刊。虚子より厳しい序文。
55 30年 38歳 『続忘れ得ぬ俳句』刊行。
59 34年 42歳 第三句集『荊冠』刊行。胸部発病、薬物療養。
61 36年 44歳 『助言集』刊行。第一版画集『曼珠沙華』刊行。板画院展会友。俳人協会創立会員。
62 37年 45歳 第四句集『運命』刊行。第二版画集『天馬』刊行。
63 38年 46歳 第三版画集『大和』刊行。
65 40年 48歳 『炭鉱俳句集 燃ゆる石』刊行。
66 41年 49歳 慢性肝炎のため病臥。
67 42年 50歳 『俳句への招待』刊行。ホトトギス同人、俳人協会会員を辞退。自宅療養。
69 44年 52歳 糖尿病を併発。『川端茅舎の俳句』刊行。
70 45年 52歳 2月26日肝硬変で逝去。享年52歳。法名「寂峰院文道朱鳥居士」