先駆者 ソロの志士 平野国臣

荻原一彦 氏 平野神社責任役員

西公園の平野国臣の銅像は、私たちの子供のころ、小学校の行き帰りにおなじみでした。
戦前は西公園に、国臣の甥の彫刻家の田中雪窓により、国臣と加藤司書と、日露戦争で武勲を讃えられた吉岡友愛大佐と3人の銅像が建てられていて西公園の名物でした。 3人とも前大戦で金属出征しましたが、戦後に復元されたのは安永良徳さんによる国臣だけで、司書の像も復元させたいですね。
父が平野神社のお世話をしていましたので、あとを継いで約30年になりますが、国臣との深い縁を感じています。毎年、国臣を敬慕する人たちとともに、銅像の前で国臣の生誕祭を、そして5年ごとに記念式典を催しています。
国臣は国学者で、文人で、優れた歌人で、そして大義の実行者です。当時の志士たちは、なかなか藩(はん)の呪縛(じゅばく)から抜けられなかったのですが、国臣ほど明快に、幕府の臣でも黒田藩の臣でもない、国の臣だと言い切って行動した人はいない。

改名した国臣の名前に結晶した、志と行動の清々しさに、各地の志士たちが心をひらき、なんの背景もない国臣を、天下第一等の志士として応対したのですね。 残念なことに、明治維新のわずか四年前に新撰組に刺殺されましたが、日本の夜明けに身命をなげうって尽くした彼のひたむきな生き方は、今も烈々として私たちの胸をうちます。
西公園は桜の名所ですが、黒田如水と長政父子を祀(まつ)った光雲(てるも)神社の参道の大鳥居から150メートルほどのぼった左手の広場で、日本の行方を憂いている国臣の銅像が皆さんを迎えてくれます。

維新の花と散った、ふるさとの先覚者と話し合ってほしいですね。(談)

平野神社

(生誕地の近く・中央区今川1丁目7番14号)

※国臣の銅像(中央区西公園)

平野神社地図