小倉城略年譜

西暦 年代 城主 事項
1569 永禄12 南条 勘兵衛 毛利氏が小倉に築城
1570 〃 13 高橋 鑑種(あきたね) 毛利氏が鑑種を居城させた
1586 天正14 元種 元種は鑑種の養子(秋月種実の弟)
1587 〃 15毛利 勝信 豊臣秀吉が九州平定し、小倉城入城
高橋元種 日向国延岡(5万石)へ
側近の勝信に企救・田川郡(6万石)
1600 慶長 5 細川 興元 関ヶ原合戦の功(30万石)により忠興中津城に入城、弟興元に小倉城を守らせた
6年興元出奔
1602 〃 7 忠興(ただおき) 小倉城を築城。居城とする(12年完成)
1612宮本武蔵×佐々木小次郎、舟島でたたかう
1620 元和 6 忠利(ただとし) 忠興は隠居(中津城へ)
1632 寛永 9 小笠原 忠真(ただざね) 細川忠利肥後国に転封
明石城主小笠原忠真入国(15万石)
1667 寛文 7 忠雄(ただたか)  
1725 享保10 忠基(ただもと)  
1752 宝暦 2 忠総(ただふさ)  
1788 天明 8 藩校思永館を創設、頭取石川彦岳
1791 寛政 3 忠苗(ただみつ) 家老犬甘(いぬかい)知寛・藩政の大改革
(1777~1802)
1804 文化元 忠固(ただかた)  
1837 天保 8 城内塩切場より出火、天守閣はじめ本丸焼失(天保10年再建、天守は建てず)
1843 〃 14忠徴(ただあきら)  
1856 安政 3 忠嘉(ただひろ)  
1860 万延元 忠幹(ただよし)  
1864 元治元 幕府の長州征討令(第一次)
1865 慶応元 幕府の長州征討令(第二次)
藩主死す、喪を秘す。豊千代丸4歳
1866 〃 2 長州藩との戦闘
小倉城を自ら焼き企救郡境に退く
1867 〃 3 忠忱(ただのぶ) 長州藩と講和、香春藩(田川郡香春町に藩庁)
豊千代丸(忠忱)家督相続、香春藩主となる
1869 明治 2 忠忱、版籍奉還
1870 〃 3藩庁を豊津に移す(豊津藩)
1871 〃 4

廃藩置県(豊津県)小倉県設置
(明治9年福岡県に合併 )

1898 〃 31 第12師団司令部設置
1945 昭和20 米国駐留軍城内を接収(昭和32年接収解除)
1959 〃 34 小倉城天守閣落成