火野葦平年譜

明治40年 1月25日、福岡県若松市(現・北九州市若松区)で誕生。
父玉井金五郎、母マンの長男。本名勝則
大正2年 7歳 若松尋常小学校入学。
8年 13歳 県立小倉中学校入学。4年生の時同人雑誌「揺鑑」に短篇の「女賊の怨霊」を発表
12年 17歳 中学4年修了、早稲田第一高等学院入学
14年 19歳 童話集「首を売る店」自費出版
15年 20歳 早稲田大学英文学部入学。
4月同人雑誌「街」発行(6冊まで発行)
昭和2年 21歳 同人雑誌「聖杯」創刊。玉井雅夫、緒方春二、鈴木美智子のペンネームで詩を発表
3年 22歳 福岡第24聯隊に幹部候補生として入隊。
12月伍長で除隊。労働運動に関心
4年 23歳 家業の玉井組を継ぎ、友人らに文学廃業を宣言
5年 24歳 日野徳七の養女ヨシノと結婚
6年 25歳 若松港沖仲仕労働組合結成、書記長に就任。
8月ゼネストを敢行。北九州プロレタリや芸術聯明結成
「同志」を発行したが毎号発禁
7年 26歳 2月上海事変。玉井組とともに中国に渡る。同月末若松に帰り駅前で逮捕される(全国的共産党検挙)。転向して再び文学志向
9年 28歳 小倉で発行の詩誌「とらんしっと」に加盟。
第17冊に火野葦平で「山上軍艦」発表
10年 29歳 福岡市で発行の「九州文学」に参加。「九州芸術」同人となる
12年 31歳 久留米で発行の「文学会議」に参加。
2号「山芋」3号「河豚」4号「糞尿譚」発表。
9月応召。詩集「山上軍艦」出版。11月5日杭州湾上陸
13年 32歳 3月「糞尿譚」芥川賞に決定。改造に「麦と兵隊」発表。つづいて「土と兵隊」「花と兵隊」発表。
この年九州の作家大同団結して、「九州文学」創刊
14年 33歳 11月除隊。
15年 34歳 1月、兵隊三部作により朝日新聞文化賞受賞。4月福岡日日新聞文学賞受賞
17年 36歳 報道班員としてフィリッピン作戦従軍
19年 38歳 インパール作戦従軍
20年 39歳 西部軍報道部結成、嘱託となり福岡在住。8月15日終戦
23年 42歳 文筆家の追放指定を受ける(25年解除)
25年 44歳 父金五郎死去(27年読売新聞に「花と龍」連載)
33年 52歳 国務省の招待でアメリカ旅行、東京創元社より自選「火野葦平選集」8巻出版
35年 54歳 1月24日午前5時頃急逝、法名
「文徳院遊誉勝道葦平居士」。3月「革命前後」と生前の業績に対し芸術院賞受賞
47年 13回忌に遺族よりその死が自殺と発表
火野葦平資料館
開 館/10時~16時
休 館/月曜と年末年始、および展示差替日(不定)
北九州市若松区本町3丁目13の1 若松市民会館1F
TEL 093(751)8880