北九州五市合併年表

年号 事項
明治
32(1899)
  関門2市合併の話(アーネスト・サトウ報告)
36(1903)   門司・小倉合併論、若松・戸畑合併論
その後も若松・戸畑、八幡・戸畑で合併論
大正
11(1922)
12 福岡県議会で北九州の地域を一体とみる論議
13(1924) 3 藤村逓信大臣、関門・北九州諸都市の合併を期待
戸畑市が市制施行(北九州五市の成立)
14(1925) 9 中野金次郎が門司・下関合併の門司県を構想し、「海峽大覲」を発行。(出光佐三も昭和初期に門司・下関の合併を主張)
15(1926) 7 都市計画法、五市一斉に適用
昭和
4(1929)
9 五市が一体となった都市計画の決定
(福岡県都市計画委員会)
5(1930)~
6(1931)
福岡県議会で、洞海三市の合併論
9(1934) 第1回の合併運動 県知事の合併調査指示
12(1937) 3~4 若松・小倉、合併賛成の決議。戸畑、慎重論。合併運動挫折
18(1943) 2 第2回の合併運動
湯沢内務大臣、北九州の合併・大都市制について言及 (衆議院市制法改良特別委員会)
7 若松・八幡・小倉、合併賛成。門司、反対。戸畑、時期尚早で合併運動挫折
22(1947) 7 第3回の合併運動
五市議長会、五市合併研究委員会設置の申し合わせ。その後、北九州五市合併調査促進委員会も設置
25(1950) 11 福岡県、住民投票を提案。小倉・八幡は実施、賛成多数。門司、投票拒否。戸畑・若松、投票見合わせ。合併運動挫折
35(1960) 2 第4回の合併運動
10日 五市市長会、合併推進に同意
6 27日 北九州総合開発促進協議会の発足、第1回総会開催
9~10 磯村・小倉教授講演会を五市で。磯村教授、多核都市の提案
36(1961) 1 自治省小林次官、五市の陳情者へ特別立法の示唆
4 7日 北九州五市合併問題連絡協議会、発足
第1回協議会開催
6 福岡県議会、大都市制度調査特別委員会を設置
11~12 五市の各市議会、合併促進議決
37(1962) 1 1日 北九州市五市合併促進協議会、発足
5 10日 市の合併の特例に関する法律、施行
6 7~9日 国連調査団(アーネスト・ワイズマンほか)来訪
10日 促進協、新市の市名「北九州市」と決定、公表
15日 合併特例法に基づく北九州五市合併促進協議会が発足
9 3日 促進協、経過措置(タッチゾーン)を決定
10 4日 促進協、新庁舎・仮庁舎の位置を決定
4日 五市の各市議会、地方自治法に基づく「廃置分合」ほかの議決。
直ちに、合併申請書を福岡県へ提出
4日 五市の各市議会、地方自治法に基づく「廃置分合」ほかの議決。
直ちに、合併申請書を福岡県へ提出
10日 福岡県、自治大臣協議。福岡県議会、「廃置分合」の議決
15日 自治大臣、告示
38(1963) 1 25日 促進協、合併特例法に基づく北九州市建設計画を決定。直ちに自治省へ提出
28日 地方自治法第252条の19第1項の指定都市に関する政令の一部を改正する政令、公布
2 9日 五市、解散
10日 北九州市、発足
4 1日 北九州市、政令指定都市へ。