橋本多佳子

暦年 年齢 できごと
1899 明治 32年 0歳 1月15日、山谷雄司、津留の長女として東京に出生。本名多満。
1914 大正 3年 15歳 祖父山田清風の跡継ぎとして琴の「奥許」を受ける。
17 6年 18歳 10月橋本豊次郎29歳と結婚
19 8年 20歳 小倉で長女淳子出生
20 9年 21歳 小倉中原に「櫓山荘」を新築
21 10年 22歳 次女国子出生
22 11年 23歳 3月25日、高浜虚子を櫓山荘に迎える。吉岡禅寺洞、杉田久女に会う。久女に俳句を習う機縁となる。
23 12年 24歳 三女啓子出生
25 14年 26歳 久女の勧めで「ホトトギスv、秋桜子の「破魔弓」、禅寺洞の「天の川」に投句。樺太、北海道へ夫妻で旅行、北原白秋も同行していた。四女美代子出生。
1927 昭和 2年 28歳 「ホトトギス」雜詠に「たんぽぽの花大いさよ蝦夷の夏」初入選。豊次郎が、小倉児童芸術協会を設立。
29 4年 30歳 大阪帝塚山に転居。「ホトトギス」400号記念俳句大会(大阪、中央公会堂)で、久女に山口誓子を紹介される。
35 10年 36歳 1月から誓子に師事。4月、「ホトトギス」を離脱。秋桜子の「馬酔木」に参加。5月、豊次郎と上海・杭州に旅行。
37 12年 38歳 一家で櫓山荘へ。帰阪後、豊次郎発病、9月30日逝去。享年五十一歳。
39 14年 40歳 櫓山荘を手ばなす。
41 16年 42歳 第一句集「海燕」(交蘭社)
44 19年 45歳 奈良あやめ池へ疎開
45 20年 46歳 8月15日終戦
46 21年 47歳 西東三鬼、平畑静塔、秋元不死男らを知り、奈良俳句会を始める。第二句集「信濃」(臼井書房)。
48 23年 49歳 山口誓子、「天狼」創刊。同人として参加。同時創刊の「七曜」を榎本冬一郎と指導、51年主宰となる。
51 26年 52歳 九州へ。久女終焉の地を訪れる。第三句集「紅絲」(目黒書店)。
57 32年 58歳 第四句集「海彦」(角川書店)
61 36年 62歳 36年、37年、38年と連続「天狼スバル賞」受賞
63 38年 64歳 肝臓、胆嚢癌により逝去。
昭和40年に第五句集「命終」(角川書店)。
その他
暦年 年齢 できごと
1959 昭和 34年 85歳 高濱虚子没。
61 36年 71歳 吉岡禅寺洞没。
94 平成 6年 93歳 山口誓子没。