宮本武蔵 年表(年齢は数え年による)

年代 年齢 事項
天正10 1582  ●本能寺の変、織田信長死す。
12 〃 84 1歳 武蔵、播磨の土豪、田原家貞の次男として出生。天正年間に宮本無二斎の養子に。
18 〃 90 7  ●豊臣秀吉天下統一。
文禄元 〃 92 9  ●朝鮮出兵文禄の役。
慶長元 〃 96 13 初めての勝負。有馬喜兵衛に勝つ。
2 〃 97 14 慶長の役
3 〃 98 15  ●豊臣秀吉死亡。
4 〃 99 16 但馬の大力量の秋山其に勝つ。
5 1600 17 関ヶ原合戦に西軍として出陣。父、無二斎、武蔵を連れ、黒田氏を頼り中津へ下る。
7 〃 02 19 この頃京へ上る。諸国武者修行。
8 〃 03 20  ●家康将軍宜下(せんげ)。江戸幕府成立。
9 〃 04 21 吉岡一門との戦い。
10 〃 05 22 『兵法鏡』を記す。翌々年増補。
17 〃 12 29 巌流島の戦い(4月13日)。
(29歳までに、60余度の勝負を行いすべて勝つ)
養子となる宮本伊織出生。
19 〃 14 31  ●10月大坂冬の陣。
元和元 〃 15 32 4月大坂夏の陣、徳川譜代の水野勝成の陣に参加。
2 〃 16 33  ●徳川家康死亡。
3 〃 17 34 姫路本多家客分に。養子造酒之助が本多家に出仕。
4 〃 18 35 小笠原藩明石城下の縄張り。
5 〃 19 36 造酒之助を養子に。
寛永元 〃 24 41 伊織を養子にする。
3 〃 26 43 養子造酒之助 本田忠刻に殉死。
小笠原家客分になる。
養子伊織、小笠原家に出仕。
9 〃 32 49 小笠原藩小倉へ移封・武蔵は伊織と共に小倉へ。・50歳のころ兵法を自得。
11 〃 34 51 小笠原忠真の客分となる。
14 〃 37 54  ●10月島原の乱勃発。
15 〃 38 55 2月島原の乱に、中津小笠原藩の軍監として出陣。・伊織は小倉小笠原藩の侍大将で功を挙げ、4千石に加増。
16 〃39 56  ●鎖国完成。
17 〃 40 57 8月、肥後細川藩の客分になる。
18 〃 41 58 2月。『兵法三十五箇条』。
 ●3月、細川忠利没。
20 〃 43 60 岩殿山霊巌洞にしばしばこもり『五輪の書』起筆。
正保元 〃 44 61 11月病み、熊本城下にもどる。
2 〃 45 62 「五輪書」完。『独行道』を記し、5月19日没。
承応2 〃 54 伊織が小倉手向山に武蔵の碑を建てる。
延宝6 〃 78 伊織、没。享年67歳。