豊前行事飴屋関係年表

年次 徳川将軍 小倉藩主 飴屋関係事項
    小笠原  
寛文6(1666) 4代 家綱 初代 忠真 初代宗泉他界
〃7(1667)   2代 忠雄 飴二代休哲嗣ぐ
元禄8(1695) 5代 綱吉   飴三代宗利嗣ぐ
宝永6(1709) 6代 家宜   飴商を始める(宗利30歳)屋号「布袋屋」
享保年中「飴屋」に改める
享保10(1725) 8代 吉宗   綿実商を始める(宗利46歳)
〃17(1732)     親孝行の御褒美頂戴(宗利53歳、妻おにく39歳)
元文3(1738)   3代 忠基 京都郡綿実座を買受
〃5(1740)     登り商を始める(宗利61歳) 行事川の川端に店舗を移す
延亨元(1744)     四代宗賢(喜兵衛、後彦右衛門)嗣ぐ
〃2(1745) 9代 家重   質商を始める(宗賢29歳)
宝暦6(1756)   4代 忠総 酒商を始める(宗賢40歳)
〃12(1762) 10代 家治   船を造る(宗賢46歳)
明和4(1769)     本家居宅を建てる(宗賢51歳)
安永7(1778)     醤油商を始める(宗賢62歳)
天明3(1783)     五代宗達嗣ぐ
〃7(1787) 11代 家斉   葛百俵、大豆百俵京都郡中へ施与
寛政元(1789)     板場商を始める
〃7(1795)   5代 忠笛 六代宗慶(五代宗達の弟)嗣ぐ
文政3(1820)   6代 忠固 七代宗徹(蓬洲・五代宗達の長男)嗣ぐ
〃11(1828)     大庄屋格
〃12(1829)     菜種座の権利取得
天保10(1839) 12代 家慶   江戸役者坂東三津五郎の窮状を援助
この頃、快哉楼を建てる
〃11(1840)     仲津郡綿実座買い取り
弘化元(1844)   7代 忠徴 田川郡綿実座引き受け
〃3(1846)     八代宗寿嗣ぐ
安政6(1859) 14代 家茂 8代 忠嘉 殿様御廻郡で御本陣に
文久元(1861)   9代 忠幹 九代宗槃(彦衛)嗣ぐ
元治2(1865)     汽船買入費として判金600枚献金
    10代 忠忱  
慶応3(1867) 15代 慶喜   (大政奉還)
明治3(1870)     藩校育徳館の造営に7,000両を寄進 士分に列す
千束藩(小倉藩分家)へ貸金(615両、年賦貸)
〃4(1871)     (廃藩置県)
〃5(1872)     呉服商を始める
〃9(1876)     清酒造営業願い
〃13(1880)     蒸気米搗機械を据付け精米業を始める
〃18(1885)     陸軍大演習にて小松宮の行在所となる
明治23(1890)     宗槃は彦衛と称し、64歳で隠居宗哉が戸主
〃24(1891)     十代宗哉嗣ぐ
〃35(1902)     十一代彦右衛門15歳で家督を相続
昭和20(1945)     十一代彦右衛門が他界し、行事飴屋の歴史が終る

7代家継(正衛3~享保元・1713~1716)、13代家定(嘉永6~安政5・1853~1858)

※北九州市立自然史歴史博物館(いのちのたび博物館)歴史課長永尾正剛氏の監修をいただきました。