藤田哲也年表

年齢 事項
西暦 邦暦
1920 大正
9
0 10月23日 出生 福岡県小倉南区中曽根
1939 昭和
14
19 小倉中学(現・小倉高校)第一回理科賞・小倉中学卒業・明治専門学校、機械科入学・父友次郎、死去
1941 16 21 小倉中学、科学組指導 母よしえ死去
1943 18 23 9月 明専、機械科繰り上げ卒業・物理、研究補助員(助手)
10月 助教授
1945 20 25 8月15日 終戦 長崎・広島 原爆被害調査
1946 21 26 4月 桜島爆発フィールド調査
1947 22 27 8月 脊振山雷雲調査研究(下降流発見)
1948 23 28 5月 日食観測・9月 竜巻被害調査(現みやま市)
10月 バイヤース博士下降流発表
1949 24 29 5月 「雷雨の鼻」(脊振山雷雲調査)、西日本気象研究会で発表・6月 九州工業大学助教授
1950 25 30 1月・10月 バイヤース博士から来信
1953 28 33 8月 理学博士(東京大学)・渡米・シカゴ大学客員研究員(1955年まで)
1955 30 35 9月 査証更新後再渡米
1956 31 36 シカゴ大学メソ気象学研究計画主任
1957 32 37 6月 ファーゴ竜巻調査
1959 34 39 7月 九州工業大学辞職・11月 第3回岡田賞受賞(日本気象学会)
1961 36 41 4月 回転雷雲追跡
1962 37 42 シカゴ大学准教授
1965 40 45 5月 九州工大第2回嘉村賞、シカゴ大学教授
1966 41 46 12月 最初の静止衛星ATS I
1967 42 47 1月 マイシンガー賞(米気象学会、メソ気象学的分析技術による先駆的研究)
1968 43 48 アメリカ市民権取得
1971 46 51 藤田スケール誕生、大竜巻の中に子竜巻発表
1974 49 54 4月 Fujita Air Force、藤田飛行隊
1975 50 55 6月24日 イースタン航空66便727型機、着陸失敗・博士は事故はパイロットミスでなく、ダウンバーストによる不可抗力と証明
1976 51 56 2月 アーカンサス州特別貢献賞・ダウンバーストの実証
1977 52 57 9月 飛行安全賞、特別功労賞(飛行安全財団)
1978 53 58 12月 応用気象学賞(米国立気象協会)
1979 54 59 11月 NASA特別功労メダル(最高賞、民間人顕著貢献)・終身年金付き・ほぼ20年にわたる低軌道静止気象衛星の利用と、得られた嵐の構造と展開に関する理解に対して
1980 55 60 はじめて竜巻を見た
1982 57 62 1月 ロージー大気科学賞(AIAA)
1983 58 63 8月 エアフォースワン、レーガン大統領搭乗機・午後2時4分着陸後、6分過ぎ、強烈なダウンバーストにより、格納庫を吹き飛ばした
1985 60 65 4月 気象衛星25周年記念賞(米商務省)
1988 63 68 応用気象学会賞・米気象学会・被害をもたらす嵐のメソスケールでの先駆的研究、用語の導入
1989 平成
1
69 2月 シカゴ大学特別教授・11月 金メダル(フランス航空宇宙アカデミー)
1990 2 70 5月 藤原賞(日本気象学会)・12月 シカゴ大学定年・シカゴ大学名誉教授、Wind Research Laboratory 終身所長・チャールズ・E・メリアム特勲名誉教授
1991 3 71 4月 勲二等瑞宝章受章
1992 4 72 交通文化賞金盃(日本政府)
1996 8 76 7月 ある気象学者の一生、自費出版・弟 碩也死去
1998 10 78 11月19日 死去