トップ 西日本シティビルプロジェクト NCBホールに出演する「行員ピアニスト」プレ・オープニングシリーズ公演出演への思い

NCBホールに出演する「行員ピアニスト」
プレ・オープニングシリーズ公演出演への思い

5月17日より、NCBホールのプレ・オープニングシリーズ公演がスタートする。そんな中、出演者の中に西日本シティ銀行の行員が存在しているという話を聞いた。いわば「行員ピアニスト」。いったい、どういうことなのか。そして、どのような人物なのだろうか。その答えを探るべく、本人に話を聞いた。

5月17日より、NCBホールのプレ・オープニングシリーズ公演がスタートする。そんな中、出演者の中に西日本シティ銀行の行員が存在しているという話を聞いた。いわば「行員ピアニスト」。いったい、どういうことなのか。そして、どのような人物なのだろうか。その答えを探るべく、本人に話を聞いた。

NCBホール初日と自分の演奏という
「2つの本番」

今回のプレ・オープニングシリーズ公演に出演する澤村迪(さわむら・すすむ)さんは、西日本シティ銀行の行員だ。

ピアニストとして国内外で500回以上の演奏会に出演し、延べ4万人以上を動員してきたキャリアを持ちながら、現在はNCBホールの立ち上げを担う職員として日々の業務にあたっている。銀行員であり、ピアニストでもある。

公演に名を連ねる他の出演者は、いずれも各分野の第一線で活動するプロフェッショナルたちだ。その中に「銀行員」という肩書きを持つ演奏者が加わる。一般的なコンサートでは、まず起こりえない構図である。澤村さんは語る。

「プロのアーティストではないけれども、こういう音楽を好きでいる人が、一般の生活にも溶け込んでいる。それを知っていただくだけでも嬉しい。それをきっかけに、新しいホールを知っていただいて、何かしら音楽や文化に興味を持っていただけたら」

舞台に立つことへの重圧は小さくない。西日本シティ銀行が手掛ける、新しいホールの最初の公演という事実が、その責任をさらに大きくする。

「そこでこけてしまうと、ホールの格にも左右されるんじゃないかと……。大きな責任を感じています」

さらに、この日には特別な事情が重なる。前日まではホール職員として最終準備に走り回り、当日は演者として舞台に上がる。ホールとしての初日という本番と、演奏家としての本番。その両方を、同じ一人の人間が同じ日に担う。

そんな立場で舞台に立つ人を見るという、客席にとっても、ある種の特別な一日になるはずだ。

「ピアノで大学に行けば、受験勉強しなくていいのでは?」

澤村迪さんは、1985年福岡生まれ。4歳上の姉がピアノを習っていたため、幼い頃から家にグランドピアノがあった。両親は音楽とは無縁だったが、四六時中クラシックが流れている家で育ち、自然と音楽が身近なものになった。

小学生の頃は姉の先生に週1回ピアノを習っていたが、長くは続かなかった。サッカーに興味を持ち出した小学5年生の頃、ピアノのレッスンをやめた。中学ではサッカー部とテニス部に所属。ピアノとは完全に遠ざかり、グランドピアノはいつしか洗濯物置きになっていた。

転機が訪れたのは高校3年生の春。受験勉強がおっくうで悩んでいたとき、ふと思いついた。

「ピアノで大学に行けば、受験勉強しなくていいのでは?」

親に「ピアノで大学に行きたい」と打ち明けると、当然のように「バカじゃないの」と一蹴された。それでも食い下がり、ある約束を取り付ける。

「その夏のコンクールで賞を取れたら、音楽系の大学に行っていいと言ってもらえたんです」

コンクールは7月。ピアノのふたを数年ぶりに開け、春から独学で練習を始めた。CDを聴き、自分の演奏を録音し、聴き比べ、また弾く。土日は食事と睡眠以外のほぼすべての時間をピアノに充てた。

「自分の力でどうにかしたいという気持ちが根底にあった。根拠のない自信もあったんだと思います」

そしてなんと本当にコンクールで入賞。約束通り、音楽系の大学への進路が開かれた。

福岡教育大学音楽専攻に進んだ後、本格的な指導を受けると、それまでの独学がいかに荒削りだったかを思い知ることになった。

「本当に音楽に対する考え方や姿勢から、弾く指の形まで、全部修正された」

苦しさもあったが、基礎を学び直すことで「自分がしたい音楽の表現方法が、思い通りに音として出るようになってきた。それが楽しかった」と振り返る。

在学中から演奏会を重ね、第26回飯塚新人音楽コンクール第1位、第52回西日本国際音楽コンクール最優秀グランプリなど主要なコンクールで受賞。
第13回浜松国際ピアノアカデミーには九州から唯一の参加者として選抜された。原田吉雄、中村紘子、セルゲイ・ババヤン、若林顕ら国内外の著名な演奏家・指導者に師事し、秋山和慶指揮・九州交響楽団とチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を共演。国内外で500回以上の演奏会に出演し、延べ4万人以上を動員している。
大学在学中にNS音楽事務所を設立し、年間100〜130回という精力的な演奏活動を続けながら、クラシック音楽の普及にも力を注いできた。

皇宮警察の護衛官をした経験も。
異色のキャリア

ピアニストとして活動を続ける傍ら、澤村さんのキャリアは音楽以外の方向にも大きく広がってきた。

20代半ば、音楽以外の世界も知りたいと考え、皇宮警察の護衛官として天皇皇后両陛下の護衛に就く。その後、一般企業へと転職し、音楽業界を支援する公益法人に出向。若い音楽家の育成や奨学援助、全国の音楽大学へピアノを寄贈する事業の立ち上げなどに携わり、社長賞を4年連続で受賞した。さらに文化庁での勤務も経験している。

その人生の流れの中で、2025年に西日本シティ銀行へ入行した。きっかけは、西日本シティ銀行側からの声がけだった。

「音楽をやっていて、財団法人の経験もあって、福岡にいるという人がなかなかいないと言ってもらえました」

現在の主な業務は、NCBホールの立ち上げそのもの。NCBホール財団としてのホール運営業務から、銀行としての施設管理、備品の選定、音響の確認まで、細部にわたって関与してきた。「椅子をどうするか、キッチンを何色にするか、備品一つ一つを他の職員と一緒に決めてきた。ゼロから1を作るのが、すごく楽しかった」と話す。

ただし、銀行員でありながらピアノを続けることは、これまでとは異なる難しさを伴う。

「練習時間の確保が一番難しい。家に帰ると眠くなるんですけど、そこは切り替えなきゃいけない」

平日は帰宅後に3〜4時間、土日は極力まとめて確保するよう工夫している。

「やりたいことは全部やる」というのが、澤村さんのモットーだという。ピアニストか、それ以外か。どちらかを選ぶという発想が、そもそもない。「人生一回だし、やりたいことはやりたい時にやる。だからこういう形になってしまった」と、少し照れくさそうに笑う。

まさに、超異色の経歴を持つ行員ピアニストだ。

立ち上げに携わったホールで最初の演奏者を務めること

NCBホールの壁に傷がないか確認し、音響の数値を確かめ、備品の搬入を見届けてきた。そんな何もかも知るNCBホールが初めてお客さまを迎える機会に、演奏者として立つ。このような経験を持つ人間は、おそらく世界でも極めてまれだろう。

「完成したホールを初めて見た時、感動はしたんですけど、正直に言うと、あまりにもイメージ図と全く同じで驚きはありませんでした。それくらい、思った通りのホールができました」

演奏の場として、このホールには確かな強みがある。収容人数は約400名。世界的な音響設計会社である永田音響設計が手がけたホールの残響時間は約1.4秒。これはピアノや小編成の室内楽に最適とされる数値だ。「音の粒まで、遠くの席のお客さまにも届く。それが狙い通りになっています」と澤村さんは言う。

さあ、いよいよ本番が近づいている。本番に向けた演奏への思いを聞くと、ピアニストというよりも、少し手前の視点から答えが返ってきた。

「音楽だけではなく、舞台と設備や装飾と雰囲気、その総合芸術として楽しんでいただけたら。その中に、音楽がなんとなく聞こえてくるような空間を作れたらと思います」

演奏者としてだけではなく、ホールの立ち上げに携わった人間ならではの言葉だった。前日までホールの職員として奔走し、当日は演者として立つ。その切り替えについて問うと「当日も裏回りはやらなければいけないので」と苦笑いしながらも、どこか晴れやかな表情を見せた。

NCBホールらしい、ひとつの風景

壁面には4段階の段差(イメージ)

行員として働きながら、ピアニストとして舞台に立つ。それを誰も「例外」として扱わず、プログラムの一部として自然に受け入れているところに、このホールの空気感が宿っている。

「プロのアーティストではないけれど、こういう音楽を好きでいる人が、一般の生活にも溶け込んでいる。それを知っていただくだけでもいい」

澤村さんのその言葉は、NCBホールが目指す姿のひとつでもある。

NCBホールは、クラシックだけでなく、伝統芸能、ジャズ、ダンス、演劇など多様なジャンルに対応できる多機能ホールとして設計されている。博多駅エリアに400席規模の音楽そしてまたビジネスにも強みを持つホールはこれまでなかった。九州・アジアの人々の文化芸術の発信の場として、気軽に文化芸術に親しむきっかけにするという想いが込められている。

ゼロから備品を選び、音響を確かめ、このホールに自分の時間を注いできた人間が、開幕の日にそこで演奏する。その事実そのものが、このホールの始まりを物語るひとつの風景になる。

客席から見れば、舞台に立つ一人のピアニスト。そんな人物が、このホールの柱の一本一本に込められた意図を知っている。ある意味、「空間への愛」を表現するという意味では、究極の演奏になるだろう。5月17日、NCBホールに居合わせた人々だけが、歴史の目撃者となる。

NCBホール公式サイト

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